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2023.01.20
Interview

感性を読み解き、空間に昇華する

都市とウェルビーイング #2

内田由紀子(京都大学人と社会の未来研究院教授)×吉村有司(東京大学先端科学技術研究センター特任准教授)

なぜ都市をデザインするのかという根本の目的を思考する時、吉村有司さんは人びとのウェルビーイングを向上させるためだと指摘します。では、そもそもウェルビーイングとは何か、その要因は解析できるのか、それを都市に生かすことはできるのか、文化心理学者の内田由紀子さんにうかがいました。(編)

個と場の関係性を紐づけ、集団の状態を測定する

吉村 最近、さまざまな分野でウェルビーイングという言葉が語られていますが、建築・都市的な議論の中では、その言葉が明確に定義されないまま使用されている感があります。そこで、ウェルビーイングについて先んじて研究されてきた内田さんに詳しくうかがいたいと思います。まず、そもそもウェルビーイングとはどのような状態を指すのでしょうか。

内田 ウェルビーイングをストレートに日本語にすると、持続的で包括的な幸せです。英語で近い言葉としてはハピネスですが、それはより瞬間的・個人的な感情を表すものです。ウェルビーイングはもっと包括的な概念で、個人だけではなく家族や地域などの周囲も含めてよい状態が持続していることを指します。日本語の幸せという言葉には、もともとこうした包括的なニュアンスが含まれていて、たとえば幸せな街と表現される際には時間的な持続性のニュアンスを帯びます。それゆえ、英語で幸せに当たる言葉としてはウェルビーイングがよりふさわしいと思います。ウェルビーイングはまちづくりや教育など、さまざまな場面においてグローバルに注目を集め始めています。

吉村 集団をよい状態に導くということは、まさにわれわれ建築家やプランナーが都市において目指してきたことと重なります。しかし、これまでわれわれはそのよい状態をつくるための発想を直感や経験に頼ってきました。僕はウェルビーイングという抽象的なものを定量的に把握し、それらの分析結果を下地として都市に住む人びとにとってのよい状態を理論的に構築できないかと考えています。

内田 心理学はこれまで、さまざまなかたちで個人の状態を計測してきました。近年は心拍などの生理的な指標を個人の状態にフィードバックするなど、その手法は多様化し、精度も向上しています。近年の心理学ではこうした個人の状態の分析に加え、集合の状態を測定することにも挑戦され始めています。

吉村 そもそもウェルビーイングは、その個人が属している社会や文化、コミュニティなど多層的なものが起因する集団的な現象と捉えることもできます。

内田 そのために用いられる手法が、マルチレベル分析です。平たくいえばA町、B町などの町レベルがもつ差と、それぞれの町に住む人びとの個人レベル差の両方(並びにそのふたつの差の相互作用)を加味して検討できる分析手法です。たとえば京都市民の幸福感を調査するとします。従来の心理学では何人かのデータを取り、若者よりも高齢者の方が幸せなどと、個人レベルの特性に基づいた結果の集積から集団的な傾向を導いてきました。しかし、実際の調査対象には左京区に住んでいる人もいれば東山区に住んでいる人もおり、そこにはさまざまな地域特性があります。ある地域において、個人の特性を除いても見えてくる特性を抽出することで、その地域の状態を測定することができるのです。そこに、ビッグデータのような密度の濃い情報を用いれば、より詳細に場の状態を表すことができるようになります。

吉村 これまで、心理学とは個人を対象に密室の中で行うものだと思っていました。専門家ではない人は、部屋の中で椅子に座って質問紙を前にインタビューを受けるというようなイメージをもっていると思います。それが今はマルチレベル分析という手法を通して都市に開かれ、ビッグデータとして扱い得る可能性をもっているというのはとても新鮮です。

感性に潜むメカニズムを読み解く

吉村 ウェルビーイングを定量化して把握できるようになった先、それを生かしてつくられる都市はどのようになるか、イメージを持たれていらっしゃいますか?

内田 一言で表すならば、さまざまな意味で繋がりを感じさせる都市です。ウェルビーイングを下げる大きな要因となるのが孤独です。それは物理的にひとりぼっちということだけでなく、自分の気持ちを誰にも分かってもらえない、自分の意見が受け入れられないという心理的な意味での孤独も含みます。逆に考えると、ふとした時に助けてくれる人がいることや、自分の存在に意義を感じさせる繋がりは、ウェルビーイングを向上する要因になるのです。
そのための都市における仕掛けのひとつが歴史性です。古くから残る建物や街並みは古来から続いてきた人びとの営みを感じさせ、長い歴史の上に今の自分が立っていることを実感させます。ひとつの時間軸から相対的に自分の居場所を自覚することで繋がりを感じるのです。歴史性に近い仕掛けとして、懐かしさも重要な要素です。高齢者は昔の故郷の写真を見て盛り上がることがあります。それは、昔を振り返ることで自分の人生の一貫性を感じているのではないかと考えられます。場所のイメージはそれほどに人の気持ちを盛り上げ、感性に働きかけるのです。

吉村 場所のイメージという観点でいえば、建築・都市分野ではケヴィン・リンチの『都市のイメージ』(丹下健三、富田玲子共訳、岩波書店、1968年)が今でも強い影響力をもっています。都市をデザインする際には、住民が共通してもっている都市に対するイメージが重要ということを1960年代に投げ掛けた著作です。ケヴィン・リンチは過去にマサチューセッツ工科大学(MIT)のDUSP(都市計画学部)の教授を務めており、MITには資料が豊富に残っていました。僕がMITに所属していた頃、夜な夜なそれらの資料を漁っていたのですが、ある時彼が集めた住民の都市に対するイメージのサンプル数が非常に少ないことに気が付きました。それを踏まえ、住民がもっているイメージや記憶をビッグデータで収集してみようと、ある街の地図と共にGoogle Street Viewからランダムに写真を表示し、この写真はどこかと問い掛けるシステムを構築しました。それにより、その人にとって最も記憶に残っている場所を定量化し、アンケートを用いるよりも大規模にビッグデータが収集できました。その分析に基づき、デジタルテクノロジーでケヴィン・リンチを読み替えるという趣旨の論文を発表しましたfig.1Yoshimura Y., He S., Hack G., Nagakura T., Ratti C 「Quantifying memories: Mapping urban perception」(『Mobile Networks and Applications』 25(4), pp.1275-1286, 2020)

内田 みんなで見て感動するようなシンボリックな場や、寄り集まって話をするような場で思いを共にすることは、横の繋がりを生んでくれます。そこで重要なのが、感性に潜むメカニズムへの視点をもつことです。たとえば美しさという概念は人それぞれに感じ方が違うものですが、その感覚は他人と共有することもできます。そこには、対象を他人と同じように美しいと思う何かの要素が隠されているのです。共感が繋がりを生むものとすると、それを呼び起こす感性の要因を読み解くことが不可欠です。

吉村 建築・都市の分野でも人びとの繋がりの重要性については十分に認識され、公共空間や空き家活用などを通して繋がりを取り戻す試みが行われていたりはするのですが、それらをデータとして定量的に示した事例はあまりありません。また、アンケートやインタビューを用いて心理的側面を扱ったり、感性的な側面を明らかにする研究も存在するのですが、いかんせん、建築家やプランナーはアンケートの作成に精通している訳ではなく、専門的な知識もありません。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のプロジェクトなどで内田さんと協働し、都市を対象とした大規模アンケートをさせていただく機会があり、専門家のつくるアンケートの奥深さを実感しました。

内田 建築や都市の分野ではアンケートやインタビューといった研究手法はあまり使われないのでしょうか?

吉村 いえ、むしろ積極的に使われている方だと思います。ただ、それらのアンケートを作成したり分析する際にサイエンスの枠組みに則っているかどうかは大切な視点だと思っています。これは自分自身への反省も込めてなのですが、内田さんとご一緒させていただいた当初は「アンケートは1カ月もあれば完成するだろう」と高を括っていました。でも結局完成するまでに1年掛かりましたよね。ひとつの設問につき「こういう聞き方をして、こう返答してきたら、こう解釈する」という感じで一言一句を大切に、丁寧につくられていました。

内田 心理学はある意味、人の心を定量化する際のバイアスをどう取り除くかという問題に対して正面から取り組み、学問として発展させてきた分野だといえると思います。私の以前の研究で、農村と漁村での調査データを用いた分析があります。農村では漁村やその他の地域に比べてお祭りや灌漑用水路の整備など、町ぐるみで人が参加するような「集合活動」への参加率が高く、そのことにより町全体の相互協調性が高まるという結果が得られました。この結果はこれまでも直感的にいわれてきたことではあるのですが、それをデータで示せたことは大きいと思います。

吉村 そういうお話をうかがっていると、今後の都市においては、われわれの分野だけに閉じるのではなく、心理学の視点を建築・都市分野に交えることが必要だと強く感じます。ハードを構築する建築・都市分野と、感性を紐解く心理学を結ぶものとして、データが力を発揮するのではないでしょうか。

内田 都市の主役は人ですから、感性は大事な要素です。たとえば再開発の際、楽しいという感性的な視点を抜かし、利便性や経済原理ばかりが優先されると人がいなくなり、当初見込んだ商業的な価値も減ってしまいます。そういう意味では、都市をつくる際に心理学やコミュニティの専門家が参画することは重要だと考えています。

吉村 おっしゃる通りです。僕が内田さんとご一緒させていただいている長野市善光寺エリアでの研究プロジェクトも、こうした考えから始まったものです。門前町は不動産会社によって空き家のリノベーションが盛んに行われ、店舗や事務所にすることで街が活性化しましたfig.2。リノベーションによって関係人口が増加する一方で、コミュニティの衰退もジェントリフィケーションも起きておらず、よい状態ができていることに注目し、研究を通して空間的な変化と住民のウェルビーイングの影響を可視化できるのではないかと思いました。

内田 大規模に住民アンケートを実施し、リノベーションの話を知っている、携わったことがあるなどの事業者との関係性や、街の中での人との信頼や移住者との交流関係などの人の繋がりをデータとして集め、場の情報と個人の情報を紐付けてウェルビーイングの要因を分析していますfig.3

吉村 店舗の売り上げや地価、賃料などの数値は目に見えて変化が感じられますが、本来ウェルビーイングに繋がるのはここで課題に設定している人同士の繋がりなど、これまで数値化できなかったものですよね。こうして空間と住民のウェルビーイングとの連関を明らかにすることで、それを都市・空間のデザインにまで昇華するきっかけとなればと思っています。

内田 都市はさまざまなモノが積層する多層的なもので、それが魅力でもあります。人は空間を移動したり、居場所を見つけたりと、都市の中に散らばる無数の選択肢から行動を選び取ります。心理学者の視点では、すでに存在する都市空間の中で自分がどう行動するかを選ぶという決まった範囲での可能性を考えてきました。心理学の視点が都市の分野と結びつくことで、その選択肢の土台をつくることもできるのだと思うと、とてもワクワクします。
fig.4

(2022年12月20日、オンラインにて。文責:新建築.ONLINE編集部)

内田由紀子

1975年兵庫県生まれ1998年京都大学教育学部教育心理学科卒業/2000年京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了/2003年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了/2003~2005年日本学術振興会特別研究員(PD)/2003~2004年ミシガン大学Institute for Social Research 客員研究員/2004~2005年スタンフォード大学心理学部客員研究員/2008年京都大学こころの未来研究センター(現:人と社会の未来研究院)助教/2011年同准教授/2019年同教授/2019~2020年スタンフォード大学行動科学先端研究センターフェロー

吉村有司

愛知県生まれ/2001年〜渡西/ポンペウ・ファブラ大学情報通信工学部博士課程修了/バルセロナ都市生態学庁、カタルーニャ先進交通センター、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年〜東京大学先端科学技術研究センター特任准教授、ルーヴル美術館アドバイザー、バルセロナ市役所情報局アドバイザー

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Google Street Viewと地図を用いてゲーム感覚で住民の都市のイメージの定量化をビッグデータとして収集するウェブブラウザ。ランダムに表示される写真が地図上のどこに当たるかを問うシステム/提供:吉村有司

長野市善光寺エリアの中心部の様子。/提供:吉村有司

市民向けのアンケート封筒の束。約20,000通を送付し、大規模に回答を集めた。/提供:吉村有司

対談の様子。左から内田由紀子氏、吉村有司氏。

fig. 4

fig. 1 (拡大)

fig. 2