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2022.06.23
Essay

建築なるものの変化

カワイイ建築パラダイム③

真壁智治(エム・ティー・ビジョンズ)

*本記事は『新建築』2008年2月号に掲載されたものです。

私たちが建築科学生の頃(1960年代半ば)には「大分巡礼」が聖なるイベントとしてあった。磯崎新が大分に設計した「大分図書館」(『新建築』6610)、「岩田学園」(1964)などを見学にいく旅なのだが、当時は見学というような受け身の生易しいものではなく、磯崎と対決をしにいく、磯崎が発した「言葉と建築」に向き合う、という強い覚悟を持って臨む旅でもあった。図書館の前に立ち、空中に突き出たシリンダーや斜めにカットされた基壇を目にして、とうとう磯崎と対決ができる「場」に自分がいることの喜びと興奮を覚えたことを今でも忘れることができない。
十分に事前に磯崎と大分図書館を学習してからの旅になる。真っ赤に彩色された通路を巡るあたりから磯崎との対決はスパークしてくる。私たちは磯崎と言葉を介して、建物に接していたのであった。だから一切、図書館で本を読んでいた人たちや職員の様子や身振りについては記憶がないし、見てもいなかったと思う。「つくり手」としての建築なるものを細心の注意深さで感じ取り、読み取ろうとしていたのであった。「使い手」からの観察は微塵もなかった。
一方、近年の学生たちも、積極的に建築を見て回っている。特に人気が高いのは「金沢21世紀美術館」(設計:妹島和世十西沢立衛 SANAA/『新建築』0411)。しかし、建築への接し方が私たちの学生の頃とはまるっきり違う。少なくとも、私たちの時のような言葉の媒介性を手掛かりに建築に接することは一切ない。まず大切なのは、その建築に行ってみて、自分が楽しくなれたか?他の人も楽しそうにしていたか?──つまり十分に使い手側からの感覚を大切にし、その建築の持つニュアンスを共有化できたかどうかが、よい建築の大きな判断のポイントになっているようなのだ。学生たちは一様に「金沢21世紀美術館」はとても楽しかったし、とても「カワイイ」と言う。建築なるものの意味合いがガラッと変わってきたのだと思う。建築のあるべき姿も、つくり手と使い手がより近いところでの意識と感覚とを共有しようとする捉え方が見てとれる。地域や施設や住宅の計画を通して、失ってきたものや壊れ出したものを取り戻したり、気付かせてくれるものとしての再生が大きな主題となってくると、こうした、より使い手の側から建築を生み出していく方法は、つくり手にとってもきわめて大切になってくる。このようにカワイイ建築の地平を見てくると、使い手とつくり手というこれまで絶対的にあった二者対置の世界から、両者が一体となった「建築」のあり方が示唆されているのが分かるだろう。そして何よりも「言葉と建築」に替わって、「身体と建築」あるいは「身体言語と建築」という局面から建築の存在に接していく態度が生まれてきているのである。これこそが「軽いコトバ」の表出のマトリックスであり、体系なのだ。
今の時代、建築なるもの、つまり、建築はこうあるべきという理念の認識が大きく変わろうとしている転換期だと強く感じる。塚本由晴さんはこれからの建築を支える主体はより「弱い主体」にある、と指摘した。この視点でなくてはならないものが、つくり手と使い手の近い距離感による感覚の共有だと思う。そこでは言葉の媒介性は意味を持たない。
私はこうした「弱い主体」の登場を包み、「身体と建築」に呼応する新しい「テクネ」(『新建築』0801原広司氏の月評参照) を生み出す建築を「ナイーブ・アーキテクチヤー」と呼んでいる(都市の優しさに言及した「独りのためのパブリックスペース」槙文彦/『新建築』0801参照)。これは十分にカワイイ資質を持つ。これまで体験した建築は「強い主体」が受け止めるものが多く、「弱い主体」ははじき飛ばされてきた。今、学生たちが建築に接する態度には、こうした建築なるものの変化が色濃く映し出されている。

(初出:『新建築』0802)

真壁智治

1943年生まれ、静岡県育ち/1969年武蔵野美術大学建築学科卒業/1972年東京藝術大学大学院建築専攻修了/同大学建築科助手を経てプロジェクトプランニングオフィス「エム・ティー・ビジョンズ」主宰。都市、建築、住宅分野のプロジェクトプランニングに取り組む/2006年建築家と取り組む「くうねるところにすむところ」シリーズで第2回武蔵野美術大学建築学科「芦原義信賞」受賞/2021年日本建築学会文化賞受賞/主な著書に「アーバンフロッタージュ」(住まいの図書館、1996年)、「カワイイパラダイムデザイン研究」(平凡社、2009年)、「臨場 渋谷再開発工事現場」(平凡社、2020年)など

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    「建築なるものの変化──カワイイ建築パラダイム③」/『新建築』2008年2月号掲載誌面

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