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2022.02.09
Interview

魅了する欠落

フォトグラメトリが秘める可能性

藤原龍(ホロラボ)×平野利樹(東京大学SEKISUI HOUSE - KUMA LAB特任講師)

空間や物体をさまざまな角度から撮影し、それらを統合して3Dを立ち上げる技術、フォトグラメトリ。近年、パソコンの演算処理性能の向上と共に、普及が広がりつつあります。今回の対談では、建築のデジタルアーカイブなど、フォトグラメトリを活用したプロジェクトを多数手がけてきた藤原龍さんと、デジタル技術の活用を通して建築の美学を考察されている平野利樹さんに、フォトグラメトリの魅力を語っていただきました。(編集部)

未発展技術の「生々しさ」

平野 私がフォトグラメトリを初めて使ったのは4年前、東京大学や慶應義塾大学の学生とワークショップでクロアチアのラストヴォ島へ行った時のことでした。異国の風景を写真に撮るだけではなく、何か別の方法で記録してみようと思ったのがきっかけでした。フリー版の3DF Zephyrフォトグラメトリソフトの一種。を使って撮影したのですが、写真や映像など、従来の記録手法とは違う何か新しい質が記録された気がして、それ以来、その質とは一体何なのかを考え続けています。藤原さんは多数のプロジェクトを手がけられていますが、たとえばレーザースキャンのように、より高精度な技術がある中で、なぜフォトグラメトリを使われるのでしょうか。一体フォトグラメトリの何がそんなにも藤原さんを取り憑かせるのですか。

藤原 確かに、現状フォトグラメトリはまだ技術的な課題を抱えています。土木の現場で空撮写真から生成したモデルを使うことは以前からよくありましたが、地上レベルで撮影した膨大な写真から広域の空間を立ち上げることが可能となったのは最近のことで、「銭洗弁天VR」(2019年)fig.1はその試行としてつくった最初の作品です。以来、つくったVR作品はVRChatやSTYLY、clusterなど、昨今ではメタバースとも呼ばれるようになったVR SNSのプラットフォームで公開し、オンライン上のソーシャルな場として活用されています。
フォトグラメトリは写真をベースにするので、ガラスなどの透明なものがスキャンできなかったりと、部分的に破綻を生じることもあるのですが、生成されるテクスチャは文字通り写実的なものとなるので、私はそこに「生々しさ」のような魅力を感じています。フルスクラッチのCGで綺麗に再現された空間よりも、生々しさのあるフォトグラメトリの方が、実際の体験に近い雰囲気を感じられます。

平野 生々しさという言葉には共感します。かえってそれが気持ちいい違和感になっていますよね。

藤原 すべてがリアルなモデルだと一義的なものになってしまいますが、欠けた部分があるからこそ愛着が湧き、イメージを膨らませる余地が生まれています。その生々しさを最も実感したのが、解体が決まった「都城市民会館」(『新建築』6607)をデジタルアーカイブしたプロジェクトfig.2です。施設は長い間閉鎖されていて、内部は一部雨漏りしていたりと、見る人によってはおどろおどろしさを感じるような状態でしたが、このプロジェクトではあえてフォトグラメトリでそのままの状態を保存しました。汚れやテーブルに残された落書きなどの細部からは過去の人びとの気配を感じることができます。単にアーカイブするだけでなく、かたちを超えた建築の持つエモーショナルな側面や、CGでつくった空間では再現しきれない現実をありのまま残せたことには価値があったと思っています。

平野 私は、藤原さんが生々しさと表現するその違和感に美学的な可能性を感じています。発展段階の今だからこそ、その生々しさがしっかりとモデルに現れていて、そこに探求の可能性が潜んでいる。技術が進歩して、すべてを完璧に再現できるとなると、それはそれでつまらなくなるのではないでしょうか。

藤原 リアルに寄ると共に、失われるものもありますよね。フォトグラメトリはメッシュ的にも、テクスチャ的にも汚れが生じるので、普段は修正を入れるのですが、手を入れすぎるとつまらなくなってしまう。汚れも現地の雰囲気を醸す大切な要素なので、あえて綺麗にしすぎないようにしています。

平野 技術は往々にして、発展段階がいちばん面白いですよね。たとえばMP3プレーヤーが発売された当初はいろいろなデザインがありました。それがだんだんと進化してスマートフォンとしてさまざな機能と一体化し、ボタンのない真っさらなディスプレイへとデザインが収束した。技術が洗練されていくと、黎明期の多様なデザインがバラエティを失ってしまう。そういう意味でフォトグラメトリは今、多くの可能性を見出すことができる非常に面白い時期にあると思います。

藤原 今はソフトによってもいろいろと個性があります。先日、3つの異なるソフトでワッフルをフォトグラメトリしたのですが、それぞれで異なった結果が生まれましたfig.3fig.4fig.5。形状的な正確さが優れているものもあれば、テクスチャのツヤがしっかりと表現され、より美味しそうに見えるものもありました。そうした個性も将来的には収束するのかもしれませんが、発展途上である今だからこそあるこれらの違いも面白さのひとつです。

身体性が生む欠落が表すもの

平野 私が感じている違和感のもととなるモデル上のバグは、たとえば素材となる写真が不足し、ポリゴンが大きくなることによって起こりますが、こうしたバグはほかのスキャン方法だと起こり得ないですよね。フォトグラメトリは現地で膨大な写真を撮影し、空間をつくり上げるという点で、非常に身体的な技術ともいえます。水平・垂直移動など、撮影には特有の姿勢があり、デジタルな技術なのにフィジカルな部分の影響が大きいです。

藤原 毎回、カニ歩きやスクワットをしながら撮影しています。広域の空間を何時間もかけて撮影し続けるので、非常に体力を使う技術です。

平野 また、自分で身体を使って撮影するからこそ、モデルには撮影者の意識が反映されているともいえます。緻密に再現される部分は自分が注目していた場所、逆に疎な部分は自分が気にしていなかった場所、というようにスキャンの対象物に抱いていた意識がオブジェクトに現れるのがフォトグラメトリならではの面白さです。
特に、藤原さんが携わられていた「みんなの首里城デジタル復元プロジェクト」(2020年)fig.6は多くの人の主観、記憶、思い入れが再現されたプロジェクトだと思いました。

藤原 このプロジェクトは、すでになくなってしまった建物をどう復元するかという新しいチャレンジでした。実際に写真が撮れないので、過去に首里城で撮られた写真を募りました。8万枚以上の写真が集まり、それをもとに3Dモデルを生成し、ウェブ上で公開しました。

平野 写真の背景になりやすい正殿部分の点群ははっきりしていますが、そのサイドは少しぼやけているfig.7。モデルの解像度のムラに、人びとの意識が表れていますよね。
単純に歴史的な資料として首里城を再現するのではなく、これまで首里城を訪れてきた人びとの思いも重ね合わせる。こうしてできたモデルはフィジカルに存在していた首里城の単なる代替物ではなく、それからは自律した新しい意味を持ったものとして現れているのでしょう。

藤原 かたちとしては同じものでも、性質としては違う特徴を持ったものになったと感じています。正殿の前の白いコーンは写真が撮影された箇所を示しているのですが、それぞれが本当に多様で、望遠で撮っている人もいれば広角で撮っている人もいて、ひとり来た人もいれば家族で来た人もいる。それらが重なってひとつのオブジェクトになったことに感動しました。

汎用性から膨らむクリエイティビティ

平野 ほかのプロジェクトと目的や経緯は違いますが、藤原さんは2021年に熱海市で起こった土石流現場も3D化fig.8されてましたよね。報道の映像を繋げたのだと思いますが、同じ対象を撮影した映像や写真があれば、それが別の人、別の時間に撮られたものでもひとつに繋げてモデル化できるというフォトグラメトリの特徴が活かされたものだと思いました。

藤原 報道映像だけだと死角があるので生成しきれない部分があるのですが、それは別の映像を使って補完しました。そういう点で、フォトグラメトリは非常に汎用性の高い技術です。補完には、静岡県が公開したドローン映像を用いました。データを公開することは、技術の発展にも繋がるのでとても重要です。現に私もこうしてデータを活用し、結果的に災害対応に役立てられるものを提供することができました。私もつくったデータはできるだけ公開していますし、それができなくてもノウハウを公開することで、ユーザーから別のアイデアが集まってきます。こうして技術の活用の幅が広がればいいなと思っています。
また、フォトグラメトリはほかの技術との組み合わせという点でも汎用性が高く、たとえばレーザースキャンやGNSS測量人工衛星からの信号をもとに観測地点の位置座標を測定するシステムの総称。と組み合わせて現実空間との誤差を少なくする事も可能です。一方で平野さんは、ファブリケーションに加えてプロジェクションマッピングも組み合わせていて、モデルの再現精度を追求する私とは違った目線をお持ちで、なるほどと思いました。別の技術との組み合わせという制作者のクリエイティビティによって、まったく異なるアウトプットが生まれるという点には可能性を感じています。

平野 フォトグラメトリしたモデルを実際にファブリケーションしようとすると、穴が空いている箇所などでデータの調整が必要になるので、それを実現するために別の技術の組み合わせを考える必要が出てきます。完璧でないからこそ、組み合わせの妙が生まれるのだと思います。
ただ、フォトグラメトリに限らず、フィジカルなものをデータとして取り込むと、膨大な情報となり扱いが難しいです。建築設計の分野では、CADのように比較的簡略化したデータを扱って設計してきたので、点群のような膨大なデータを扱うことがまだ定着していません。これからこの情報量を設計プロセスの中でどう扱っていけるようにするかを探る必要があります。

現実空間へのアプローチ

藤原 フォトグラメトリは空間だけでなく、そのテクスチャ、周辺の雰囲気までを含めて重要視する技術なので、ほかのスキャン技術と違い、現地との関わりが非常に大きいです。その雰囲気をデジタルでも醸すために、さまざまな体験やギミックを考えてきました。川越市の小江戸の街並みをフォトグラメトリで再現した「小江戸VR」(2021年)fig.9では、川越ならではの食べ歩きを擬似体験できるようにしました。コントローラーのトリガーを引くと、フォトグラメトリでつくった団子やどら焼きを実際に食べたようなアクションが起こります。実物のように美味しそうに表現できているので、食べに行きたい、実際に現地に行ってきた、という嬉しい反響もありました。

平野 フォトグラメトリで生まれたモデルには手触り感が残りますよね。私がロンドンデザインビエンナーレ2021の日本展示として制作した「Reinventing Texture」(2021年)fig.10キュレーターのクレア・ファローとともに企画した、ロンドンデザインビエンナーレ2021の日本展示のためのインスタレーション。フォトグラメトリを使って収集した東京とロンドンの要素を組み合わせ、幅8mの和紙製のレリーフ状のオブジェとして制作し、都市のテクスチャの再解釈を試みている。は、プロジェクトプランナーの真壁智治さんが提唱したアーバン・フロッタージュの表現に似ていると思いました。アーバン・フロッタージュとは、街のマンホールや金網の凹凸を紙に鉛筆で転写し、都市の手触りを写しとる手法ですが、フォトグラメトリは紙と鉛筆をカメラに持ち替え、物理的にものに触れるのではなく、カメラの目でバーチャルに手触りを収集するというアップデートがあります。その点ではアナログな手法とも共通しています。

藤原 見た目やギミックに加えて、周囲の環境音も大事な要素ですよね。

平野 まさに「Reinventing Texture」でも、フィジカル空間で録音した音を使いました。MSCTYを主宰するDJのニック・ラスコムと、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートの学生と協働し、東京とロンドンの環境音をミックスしました。東京の自動改札機の音の横でロンドンの地下鉄の音が聞こえるというように、場所の感覚が攪拌されるようなサウンドスケープをインスタレーション内につくりました。場所の雰囲気を醸すには、音も重要ですね。

藤原 フォトグラメトリの技術ではまだ空間的な雰囲気を完全に再現するのが難しい中で、耳からの情報が加わるだけで倍以上の体験がつくれると思っています。ゆくゆくは匂いなどそのほかの感覚まで再現できるようになると、よりリアルです。リアルになりすぎると失われる部分もありますが、技術的には面白い挑戦になると思っています。
また、これまでは失われてしまう建物に対してフォトグラメトリが活用されている側面が大きかったですが、これからは今現実にある建物に対しても活かす挑戦をしていきたいと考えています。GPSのない空間でも、画像から自分の位置を推定できるビジュアル・ポジショニング・システムのように、フォトグラメトリやレーザースキャンで取得したデータを現実空間で活かす技術もあります。こうした多方面への活用が広がってほしいです。ただ、広域なフォトグラメトリには高価な機材が必要で、身近な技術となるにはまだハードルがあります。

平野 フォトグラメトリは今、スマートフォンのアプリでもできるようになっていて、実は敷居が低くなってきています。自分で撮影したものが、手元ですぐにモデルになる。自分だけの箱庭をつくるような感覚があり、それだけでも十分楽しいです。

藤原 同じフォトグラメトリでも対象や用途によって適切な機材、ソフトウェア、撮影方法が異なりますよね。まだまだ発展段階な技術なだけに、積極的な情報の共有が活用、普及を広げるための近道だと思っています。fig.11

(2022年1月28日、オンラインにて。文責:新建築.ONLINE編集部)

藤原龍

1981年東京都生まれ/2004年東海大学建築学科卒業/2019年~ホロラボ/2020年「みんなの首里城デジタル復元プロジェクト 」でAMDアワードリージョナル賞受賞(みんなの首里城デジタル復元プロジェクトチームとして)

平野利樹

1985年兵庫県生まれ/2009年京都大学建築学科卒業/2012年プリンストン大学建築学部修士課程修了/2012〜13年Reiser Umemoto RUR DPC/2015年TOSHIKI HIRANO DESIGN設立(2020年〜THD)/2016年東京大学大学院博士課程修了/現在、東京大学総括プロジェクト機構国際建築教育拠点講座SEKISUI HOUSE – KUMA LABディレクター、特任講師

藤原龍
平野利樹
デザイン
デジタル
マテリアル
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「銭洗弁天VR」(2019年)/提供:藤原龍

「旧都城市民会館デジタルアーカイブプロジェクト」(2019年)/提供:藤原龍

Metashapeでフォトグラメトリしたワッフル。皿が粒状に破綻するという趣あるジオメトリが生成された。/提供:藤原龍

RealityCaptureでフォトグラメトリしたワッフル。皿はMetashapeと同様に破綻しているがエッジ部分は連続しているジオメトリとなった。/提供:藤原龍

3DF Zephyrでフォトグラメトリしたワッフル。皿の破綻が少なくシズル感のあるテクスチャが生成された。/提供:藤原龍

「みんなの首里城デジタル復元プロジェクト」(2020年)で生成した首里城の3Dモデル/提供:藤原龍

首里城の3Dモデルの点群データ/提供:藤原龍

熱海市の土石流現場の3D化モデル(2021年)/提供:藤原龍

「小江戸VR」(2021年)/提供:藤原龍

「Reinventing Texture」(2021年)のロンドンデザインビエンナーレ2021での展示風景/撮影:Prudence Cuming

対談の様子。オンラインにて。

fig. 11

fig. 1

fig. 2