新規登録

この記事は下書きです。アクセスするログインしてください。

2021.12.21
Exhibition

共存を許容する空白

「語りの複数性」展

ある方法で何かを表し、意図や感情、情報を伝えようとする「語り」をテーマに構成される本展の展示作品は、それぞれが「空白」を抱えている。
たとえば、アーティスト・小林紗織の「私の中の音の眺め」は、日常に響く音を聞いた時に思い浮かんだ情景を五線譜上に絵として転写し、写真家・大森克己の「心眼 柳家権太楼」は、落語家・柳家権太楼が古典演目『心眼』を口演する様子を写真に収めている。鑑賞者が小林の聞いた音を実際に聞くことはできないし、本来そこにあるはずの柳家の声は、写真というメディアの性質上削ぎ落とされ、語りの本質へ繋がる音や声が空白となっている。しかし、そうした空白が想像の余地をつくり、小林の聞いた音色や音量、柳家の噺の抑揚に、多様なイメージを膨らませる。

中山英之が会場構成を手掛けた3部屋(交流スペース、展示室1、展示室2)を中心に作品が展開する。
展示の入り口となる交流スペースでは、建物の外壁から室内側にセットバックして湾曲した壁を設け、その壁の外側に「心眼 柳家権太楼」の大判写真を展示fig.1。ギャラリーの外を行き交う人びとも鑑賞することができる。反対側には、川内倫子の写真絵本「はじまりのひ」を展開した「無題」(シリーズ「はじまりのひ」より)などが並ぶfig.2

次の展示空間(展示室1)へと向かおうとすると、同じ建物に入居する渋谷区立勤労福祉会館のタイル張りのロビー空間が出現する。非日常ともいえるギャラリー空間に、空白を穿つように日常の空間が介入する。別の目的で建物を訪れた人と不意に交差する体験は「この人はなぜここに来たのだろう」と他者への想像を掻き立て、「ここは本当にギャラリーなのだろうか」と自己の認識を歪ませる。
ロビーの先にある、細長い空間の壁面には「心眼 柳家権太楼」の写真31枚が並ぶ。ギャラリーに戻ったかと思えば、壁面に設置された火災報知器やワックスがけされた床が、ここが本来廊下であることを思い出させる。非日常の中に潜む日常のタイポロジーが、先に続く展示室へのメディウムとなって導いてくれる。

展示室1では、ドローイングや映像など5作品が並ぶ。大きなヴォリュームに、台形状や円状の穴を穿つことで室内に多様な場をつくり、作品を同居させている。右手には全長30mの「私の中の音の眺め」が伸び、その先には窓から渋谷の風景が望めるfig.3。小林が聞いたであろう音を、渋谷の中に探してみようと意識が向く。

本展の作品群から膨らむ語りの表すものへのイメージは、個々で異なるはずだ。会場は、異なる想像の共存を許容するかのように、ロビー、細長い廊下、外の風景など、ギャラリーとしては異質の、建物本来の要素を寛容に包み込む。そしてそれは、鑑賞体験を一義的にとどめず、空間、作品への認識を心地よく揺さぶってくれる。

(新建築.ONLINE編集部)

語りの複数性

  • 会場

    東京都渋谷公園通りギャラリー

  • 会期

    2021年10月9日(土)~12月26日(日)

  • 出展作家

    大森克己、岡﨑莉望、川内倫子、小島美羽、小林紗織、百瀬文、山崎阿弥、山本高之

  • 会場構成

    中山英之建築設計事務所

  • 企画

    田中みゆき

  • website

    https://inclusion-art.jp/archive/exhibition/2021/20211009-111.html

展覧会
続きを読む

建物西側から交流スペースを見る。大森克己「心眼 柳家権太楼」(2019年)が並ぶ。/撮影:木奥恵三 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー

交流スペースの室内側展示風景。/撮影:木奥恵三 提供:東京都渋谷公園通りギャラリー

展示室1の展示風景。右奥の窓からは渋谷の風景が望める/撮影:新建築.ONLINE編集部

fig. 3

fig. 1 (拡大)

fig. 2