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2022.01.07
Essay

仮説を立て、手を動かすことで世界を広げる

異色の元建築学生たち2

津久井五月

建築学科を卒業しながら業界を超えて活躍する方たちに、その進路を選ばれた経緯やきっかけを教えていただく企画の第2回です。今回はSF小説家の津久井五月さんにお願いしました。(編集部)

もともと大学には文系学部で入学し、詩や美術の研究に関心をもっていました。当初、建築はあくまで隣接分野のひとつという認識でした。しかしいざ専攻を決める段階になって、自分には人文系の研究は向かないと思い直し、学部3年からは学問的関心を具体的な職業に繋げられそうな工学部建築学科に進みました。

建築学科では自分なりに設計課題に取り組みましたが、結果としては特に優れても劣ってもいない、平凡な学生だったと思います。設計に触れてまもなく、自分の関心は建物よりもむしろランドスケープ(外構、公園、植生、都市計画…)にあると気づきました。学部4年生の頃には海外のランドスケープアーキテクチャー事情を意識的に調べるようになり、一時はその分野での留学も考えました。

ただ、最終的には設計者としての生き方がイメージできず、学部卒業から半年を経て同じ大学の大学院に進学し、サステナビリティの研究を始めました。研究室の先生や先輩方からは多大な刺激と影響を受けたものの、やはり研究者としてのキャリアは自分には合わないと思い、迷いの中で小説を書きはじめたことから今に至ります。

なぜ小説だったのか。いくつかの選択肢の中から、最も有望な道として小説を選んだ…ということではありません。小説を読むことには子供の頃から親しんできましたが、自分で書くことは当時はほぼ完全に未知の領域でした。

思えば、小説は「選択肢」だったのではなく、優柔不断な性格が災いしてあちこちに散らばってしまった自分の関心をどうにか統合するための「苦肉の策」だったのでしょう。詩(言語表現)、美術(視覚的イメージの操作)、建築(コンセプトと空間の構築)、ランドスケープ(生態学的な感性)、サステナビリティ(テクノロジーと未来シナリオ)といった自分のささやかな履歴を空間的に配置し直してみたとき、その中心の空白に「SF」ひいては「小説」という項を挿入できるのではないか。そんな仮説をでっち上げたわけです。

今の自分はそんな不純な仮説を検証しながら、自分なりに小説そのものを掴んでいくプロセスの中にいるのだと思います。悩みながら続けるうちに、当初「苦肉の策」にすぎなかった小説執筆は自分の核になりました。同時に、建物や動植物といった人間以外のアクターを人間と同じくらい重要視する態度が、小説という分野の中で強みにも弱みにもなるのを実感しています。

大学から遠ざかってみて感じるのは、建築教育は具体的な造形や提案に裏打ちされたリベラルアーツだった、ということです。つまり、個々人が手を動かすことで自分を超えた共同体や自然、世界に思考を広げることができる。裏を返せば、個々人の手に依存するからこそ、それぞれが違った方法でしか世界と関われない分野なのだと思います。

だから、手を動かしているうちに建築のキャリアから離れていく人間がいるのも当然ではないでしょうか。専門性をなくしても、手を止めなければ学びはある。まだまだ修業中の身ですが、それだけは自信をもっていえます。



Q1. 現在のご専門を教えてください

– 小説家(SF作家)

Q2. 現在の活動の概要と、最近のプロジェクト事例を教えてください

【活動の概要】
2016年から、SF小説を中心とした執筆活動を続けています。

【プロジェクト・作品】
『コルヌトピア』(早川書房、2017年)fig.1は、都市と植物を題材にしたSF小説です。舞台は2084年の東京。街は「フロラ」と呼ばれる植生型コンピュータ(生きた植物群を計算資源として利用する架空のテクノロジー)に覆われ、23区の外縁は巨大計算インフラとしての「環状緑地帯」にぐるりと囲まれている…という設定です。植物と融合したこの未来都市で、フロラ設計企業に勤める砂山淵彦という青年が、環状緑地帯で起こった事故の謎を追っていきます。
建築分野に引き寄せて説明すれば、この小説はランドスケープアーキテクチャーが追求してきた生態学的な都市像を、近未来を舞台に具体化した作品です。東京区部を囲む環状緑地帯も、1939年に策定された「東京緑地計画」をモデルとしています。現在を折り返し地点として近過去と近未来のイメージを重ね合わせることを目指しました。

都市を題材にした最近の作品としては、「地下に吹く風、屋上の土」(『WIRED』vol.37、コンデナスト・ジャパン、2020年)や、「粘膜の接触について」(『ポストコロナのSF』、早川書房、2021年)fig.2があります。

「地下に吹く風、屋上の土」の舞台は、感染症の度重なる流行に晒される近未来の都市。政府による行動制限を受け入れて生きる「ログ派」の人間として生きてきた青年が、感染リスクを数値化して自己責任で自由に行動する「スコア派」へと変化していく物語です。この作品では、腸内細菌叢や都市を介して世界(自然)と繋がった人間像をポジティブに描こうとしています。
一方、「粘膜の接触について」では感染症から全身を守る人工粘膜「スキン」を身に着けた人々が触覚的コミュニケーションの中に閉じこもり、外部を失って閉塞していく未来を描きました。ちょうど「地下に吹く風、屋上の土」の裏面となるような物語です。

Q3. どのような建築作品、建築家に影響を受けましたか

「ラ・ヴィレット公園設計競技応募案」(レム・コールハース/OMA、1982年)
建築学科に進んでまもなく、設計指導の助教の方に教えてもらった設計案です。帯状の要素のコラージュとレイヤーの積層によって公園を設計してしまうこの案を通して、ランドスケープアーキテクチャーへの興味を開かれ、抽象的な思考を空間へと繋ぐダイアグラムの魔力にも気付かされました。コラージュやレイヤーといった見方は、今も小説で都市を描く際の基礎になっている気がします。

津久井五月

1992年栃木県那須町生まれ/2015年東京大学工学部建築学科卒業/2018年同大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了/2017年『コルヌトピア』で第5回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー/著作に『コルヌトピア』(早川書房、2017年)、「地下に吹く風、屋上の土」(『WIRED』vol.37、コンデナスト・ジャパン、2020年)、「粘膜の接触について」(『ポストコロナのSF』、早川書房、2021年)など。

津久井五月
教育
異色の元建築学生たち
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『コルヌトピア』/提供:早川書房

『ポストコロナのSF』/提供:早川書房

fig. 2

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