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物と身体のふるまいからデザインを考える 第7回:運動共感の二つの起源

三好賢聖/日本学術振興会特別研究員PD(慶應義塾大学訪問研究員)

人や物の運動を見た時に、観察者自身が体を動かしていないにもかかわらず、見た動きを擬似的に感じる現象は、運動共感(kinaesthetic empathy)と呼ばれている。ダンスやパフォーマンスなど、人間の身体運動を扱う分野で近年注目を集めるこの現象だが、その起源は必ずしも人間の動きにまつわるものではなかった。

運動共感の起源は、ドイツ人哲学者であり美学者のロバート・フィッシャー(Robert Vischer)が提唱した理論だといわれている。自身の博士論文(1873年)のなかでフィッシャーは、美的経験としての共感を「Einfühlung」という言葉で表した。Einfühlungはのちに英語の「empathy」、すなわち「共感」と訳された。フィッシャーの「Einfühlung」(共感)は、目にした景色や物体に対して自分を投影する経験を指しており、必ずしも他者への感情移入という意味ではなかった。

フィッシャーは、景色や物への共感の際には、身体的感覚が付随するということを指摘した。彼のいう「共感」は、下図のような3段階にとらえることができる。まず、物を見たときに起こる瞬間的な反応、次に対象物に自らを投影する段階、そして対象物と自らが一体となり、共感的な身体感覚、すなわち運動共感が立ち現れる第3段階である。

およそ同時期に、フランスでも近い考え方が生まれていた。フランス人哲学者であり美学者のポール・スリオ(Paul Souriau)は、1889年に出版された自著*において、さまざまな対象物の動きに感じられる共感や優美さなどについて研究している。「運動共感」という言葉自体は使われないが、彼が人や馬の歩行やヘビの這う動き、鳥の羽ばたきの優美さやぎこちなさを分析した方法は運動共感にほかならない。人以外の形をもつ物(物体や動物)の動きに対して、人がどう運動感覚を投影できるのか、豊かな描写がされている。

これらの文献のなかで語られる運動共感の姿は、抽象的な理論のうえに成り立っているというよりはむしろ、彼らの行う詳細な観察やその時の直感に真摯に向き合うなかで生まれるものだといえる。次回は、フィッシャーやスリオのアプローチを踏襲し、身の回りの物の動きに対してわれわれがどのような運動共感を経験しているのか、スケッチとアノテーションを通して分析する。

*Paul Souriau (1983). The Aesthetics of Movement. Amherst, MA: University of Massachusetts Press. フランス語版は Paul Souriau (1889) L’esthétique du mouvement, Félix Alcan, ed.

三好賢聖/日本学術振興会特別研究員PD(慶應義塾大学訪問研究員)
兵庫県生まれ。デザイナー、研究者。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程を修了後、2015年に渡英。2019年英国ロイヤルカレッジオブアート(RCA)にてPhDを修了。建築・デザイン系出版社Birkhäuser(スイス)より、博士論文を基とした単著学術書『Designing Objects in Motion: Exploring Kinaesthetic Empathy』を出版予定(2020年12月)。「詩的好奇心」をテーマとする実験的デザインユニットStudio POETIC CURIOSITYを共同主宰。
筆者ウェブサイト:miyoshikensho.com