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物と身体のふるまいからデザインを考える 第5回:動きの美学を掘り起こす

三好賢聖/日本学術振興会特別研究員PD(慶應義塾大学訪問研究員)

身の回りの人工物の動きの多くは、何らかの機能を達成するためにつくられている。一方で、その動きの硬さや柔らかさ、重さや軽さといった美的・身体感覚的な側面のデザインについては、未知の部分が大きい。動きのデザインの美学を探る上では「キネティック・アート」という1世紀ほど前から始まった、物理的な動きを表現する彫刻分野において培われた知見が役立つ。

本コラム第2回で触れたアレクサンダー・カルダーのモビールやレン・ライの芝生を模した彫刻、ジャン・ティンゲリー(Jean Tinguely)の機械仕掛けの噴水など、キネティック・アートの歴史には物理的な動きを表現の核として用いる作品が多くみられる。一口に動きといっても、実に多様な美的経験を鑑賞者にもたらし得る。そこで、キネティック・アートにまつわる理論のなかから、デザインや建築とも関係の深い、ある概念を紹介したい。

彫刻家であり理論家でもあるジョージ・リッキー(George Rickey)が提唱した「movement itself」という概念は、動きの質を考える上で一つの指針となるに違いない。日本語に直訳するならば「動きそのもの」と訳すのがよいだろうか。リッキーは、作品による動きの価値の決定的な違いを、以下のように指摘した。

「ティンゲリーの噴水のような、動きをただのアクセサリーのように加えただけの作品では、静止したときの姿が退屈かつ無意味であり、最も大衆受けはするが芸術として最も無価値である。(中略)カルダーのモビールやレン・ライの彫刻のように動きそのもの(movement itself)を重視してデザインされたものは、飛行機の翼や蓄音機のように動きが形状の本質として存在する。こうしたものこそ意義のあるキネティック・アートであるといえる。」*

George Rickey Kinetic Sculptures | Marlborough New York:georgerickey.orgより転載

リッキーが例に挙げた蓄音器のように、動きを伴う日用品は何らかの機能を達成するために形と動きがデザインされている。たとえば、扇風機の形と動きは、風を起こし拡散する機能を果たすために必然的な姿をとっているといえる。しかし、比較的若い層のデザイナーたちのなかで、動きの観点からプロダクトやインテリアの新しいデザインを試みる者も現れている。慣習的なプロダクトに内在する形と動きと機能の組み合わせを一度解体し、新しい動きのデザインを導入するためには、リッキーの「動きそのもの」という観点からオブジェクト全体の一貫性を再構築することが必要となる。

次週は、新しい動きのデザインを探求しているプロダクトなどの実例を見ていく。

*Rickey, George (1963). ‘The Morphology of Movement: A Study of Kinetic Art’. Art Journal. 22.4: 220–231. 上文は原文の直訳ではなく、筆者による要約。

三好賢聖/日本学術振興会特別研究員PD(慶應義塾大学訪問研究員)
兵庫県生まれ。デザイナー、研究者。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程を修了後、2015年に渡英。2019年英国ロイヤルカレッジオブアート(RCA)にてPhDを修了。建築・デザイン系出版社Birkhäuser(スイス)より、博士論文を基とした単著学術書『Designing Objects in Motion: Exploring Kinaesthetic Empathy』を出版予定(2020年12月)。「詩的好奇心」をテーマとする実験的デザインユニットStudio POETIC CURIOSITYを共同主宰。
筆者ウェブサイト:miyoshikensho.com