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都市とテクノロジー 第12回:生物学と建築の交差するところ---DNA解析アルゴリズムを用いた歩行者分析手法の開発

吉村有司/東京大学先端科学技術研究センター特任准教授

1953年、ワトソンとクリックらがDNAの二重らせん構造を解明したことにより、生物をつくり上げる情報を次世代に受け渡す遺伝子の本体が明らかになった。遺伝子はDNAという物質がつくりだす情報であり、そのような生命の取扱説明書が刻み込まれたDNAはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類の塩基の配列で構成されている。

科学者たちは、これら塩基の繋がり方やその配列、生物種間における比較を試みてきた。異なった生物種が似たような配列の遺伝子をもっていると、それらの種が似たような機能をもつことが分かってきたからだ。それら何億と連なる塩基配列のなかから類似箇所や相違点などを見つけだすのに用いられたのが、コンピュータ解析技術だ。人間の目では見つけだすことが困難な組み合わせをコンピュータに探らせる。いわば生物学にテクノロジーが融合することによって、生命情報という視点から生物を理解しようという試みだ。

ここで前回登場したBluetoothやWi-Fiから得られる人流データを見てみよう。Aという領域に8秒間滞在していた人がBという領域に移り5秒間滞在した場合、その人の移動軌跡はA-Bと表せる(上図参照)。滞在時間を考慮すると(1秒毎に1つのアルファベットを割り当てるとしたら)AAAAAAAABBBBB(Aが8個、Bが5個)と表せるだろう。もう少し複雑な、ルーヴル美術館内における移動を例に考えてみる。ガラスのピラミッド(E)から入ってサモトラケのニケ(S)を見た後、イタリアン・ギャラリー(I)を訪れてモナリザ(M)を鑑賞する。再びサモトラケのニケ(S)に戻りミロのビーナス(Y)を見た後にガラスのピラミッド(E)に戻った場合、この来館者の移動軌跡は:E-S-I-M-S-Y-Eと表せる。このような人流データが数百万という単位で取得できたのが、前回紹介したルーヴル美術館の来館者研究だった。

筆者のグループは、このような大規模人流データを解析するためにバイオインフォマティックス技術(生物学のデータを情報科学の手法によって解析する技術)の適応を提案した(Yoshimura et al., 2020)。バイオインフォマティックスでは膨大な塩基の配列であるDNAの繋がり方から類似パターンを抽出するために、コンピュータ解析を用いている。アルファベットの組み合わせで表現された人流データは、そのデータ構造だけを取り出してみればDNAと極めて近いため、DNA解析技術の適応が可能と考えた。

間違ってはいけないのだが、筆者はなにも「人の移動軌跡データ」がDNAデータと似ているだとか、われわれの動きはDNAと関連があるといっているわけではない。あくまでも、データを解析する際のデータ構造を見たときに両者は非常に近い形をしているといっているだけだ。しかしこの事実とその視点の発見は、BluetoothやWi-Fiデータを解析する際に非常に大きな意味をもってくる。バイオインフォマティックスが長年発展させてきたさまざまな技術と分析ツールが利用可能となるからだ。

もう1点見落とせない側面がある。バイオインフォマティックス分野の技術が他分野へ応用可能となった背景には、生命科学データ解析コミュニティ全般に浸透しているオープンな文化がある。多くの生命科学の研究者は、自らが解析した結果や、その際に用いたコードなどをGitHub上で共有している場合が多い。だからこそ、生命科学データ解析は誰にでも取り組めるものとなっているし、今回のようにまったく別分野のデータに試験的にアルゴリズムを適応することも可能になるのだ。これらの動きは、情報化への適応が遅れている建築分野や、実践から得られた知見を囲い込もうという風潮がいまだに強いまちづくり分野とは、真逆の方向ではないだろうか。

また、これまで建築や都市計画の分野で行われてきたバイオミミクリー(生物模倣技術)という研究分野─動物の巣の構造から着想を得た構造デザインや、生物が長い進化の過程で獲得した機能から学んでいく研究分野─と比較すると、筆者のグループは、生物そのものを観察するというよりも、生物から得られるデータを扱う手法に着目した点が新しい。生命現象を情報という観点から明らかにする分析のフレームワークとその手法を、建築や都市、まちづくりを科学する枠組みに取り入れた視点は、これまでの試みとは一線を画する。

情報とデータを介して、建築・都市における「Urban Sciences」の分野にも生物学との接点が見えてきた。

関連情報:

Yoshimura, Y., de la Torre, I., Park, S., Santi, P., Seer, S., Ratti, C. (2020). Paris-Gare-de_Lyon’s DNA: Analysis of Passengers’Behaviors through Wi-Fi Access Points, Traffic and Granular Flow (accepted).

吉村有司/東京大学先端科学技術研究センター特任准教授
愛知県生まれ、建築家。2001年より渡西。ポンペウ・ファブラ大学情報通信工学部博士課程修了。バルセロナ都市生態学庁、カタルーニャ先進交通センター、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年より現職、ルーヴル美術館アドバイザーを兼任。主なプロジェクトに、バルセロナ市グラシア地区歩行者計画、Bluetoothセンサーを用いたルーヴル美術館来館者調査、機械の眼から見た建築デザインの分類手法の提案など、ビックデータやAIを用いた建築・まちづくりの分野に従事。「地中海ブログ」で、ヨーロッパの社会や文化について発信している。