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都市とテクノロジー 第11回:建築家から見たネットワーク分析---ルーヴル美術館の事例から

吉村有司/東京大学先端科学技術研究センター特任准教授

ネットワーク分析と出会ったのはまったくの偶然だった。筆者がルーヴル美術館の来館者の動きをBluetoothセンサーで取得しはじめたのが2010年のこと。鑑賞ルートや鑑賞時間に関するビッグデータを解析する際、1,000近くある部屋をノードと捉え、それらのつながりかたに注目しながら分析する必要性に迫られた。

当時の筆者はマサチューセッツ工科大学(MIT)に在籍しており、チャールズ川を渡った対岸側のノースイースタン大学にアルバート・バラバシ(Barabási Albert László )というネットワークに詳しい研究者がいるらしいと聞きつけ、すぐに会いに行った。バラバシという研究者が誰なのかも知らなかったのだが、運よく本人からネットワーク分析の手ほどきを受ける機会に恵まれた。それ以来、バラバシ研究室とは今でもコラボレーションを継続してもらっている。

バラバシ研究室とのやりとりで分かってきたことの1つが、ネットワーク分析の領域のなかでも都市や建築など空間を扱った領域を「空間ネットワーク分析」と呼び、ほかのネットワーク領域とは別枠で考えられているということだった。また、空間ネットワーク分析は十分に研究されていないということも分かってきた。3次元の空間に埋め込まれている建築や都市空間では、1つのノード(交差点のような)に接続するパスの数には限りがでてくるため、そこで発見されるネットワーク特性はほかのネットワーク(たとえば1つのサイトが何万とリンクされるウェブ世界のような)で発見されるものとは必然的に違ってくる。だからこそ、スケール・フリー性のようなネットワーク特性は空間ネットワークには現れにくいのだ。

筆者らはこの問題に、部屋から部屋へと移動する来館者の移動軌跡に注目するアプローチを試みた。何百という部屋で構成されるルーヴル美術館では入口から出口までの経路の組み合わせは膨大な数にのぼる。しかし実際の来館者の動きをビッグデータで定量分析してみると、ほとんどの来館者は限られた特定のパスしか使っていないことが発見された。さらにこれらのルートを詳しく調べてみると、サモトラケのニケ、ラファエロ、モナリザ、ミロのビーナスなど「必見作品」を最短距離で結ぶ経路だということが分かってきた。もちろん「そのほかのパス」も現れたのだが、その数は数千にのぼった上に各パスの利用者は多くても数人しかいなかった。各パスと利用者数をランク順に並べて対数表示してやると「べき乗則」が現れた(上図参照)。

この発見が意味するのは、ルーヴル美術館の中を動く来館者が選択する移動軌跡と、その各パスを利用する人数の関係性は、地震の規模と発生頻度の関係性や、我々の体を構成しているタンパク質の相互作用ネットワークの分布、さらには膨大なウェブ空間に貼られるリンクの数などを支配している法則–自らを組織化していく法則–とまったく同じということだ。自己組織化についてもっと知りたい読者は下記の書籍をおすすめする。

自然を構成するパターンと建築のなかを動く人々の移動パターンといった、一見バラバラに見える事象を発生させているルールが実は同じだったと言う事実。これが建築や都市にサイエンスをもち込む醍醐味であり、このような発見がゆくゆくは建築の空間デザインにも影響を与えてゆくことだろうと思う。

参考文献:

自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則』(スチュアート・カウフマン、ちくま学芸文庫、2018)

新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』(アルバート・ラズロ・バラバシ、日本放送出版協会、2002)

ネットワーク科学:ひと・もの・ことの関係性をデータから解き明かす新しいアプローチ』(アルバート・ラズロ・バラバシ、共立出版、2019)

関連情報:

Yoshimura, Y., Sinatra, R., Krebs, A., Ratti, C., 2019, “Analysis of visitors’ mobility patterns through random walk in the Louvre Museum”, Journal of Ambient Intelligence and Humanized Computing

Yoshimura, Y., Krebs, A., Ratti, C., 2017, “Noninvasive Bluetooth Monitoring of Visitors’ Length of Stay at the Louvre”, IEEE Pervasive Computing 16 (2), p.24-34.

Yoshimura, Y., Sobolevsky, S., Ratti, C., Girardin, F., Carrascal, J P., Blat, J., Sinatra, R., 2014, “An analysis of visitors’ behaviour in The Louvre Museum: a study using Bluetooth data”, Environment and Planning B: Planning and Design 41 (6), p.1113-1131.

吉村有司/東京大学先端科学技術研究センター特任准教授
愛知県生まれ、建築家。2001年より渡西。ポンペウ・ファブラ大学情報通信工学部博士課程修了。バルセロナ都市生態学庁、カタルーニャ先進交通センター、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年より現職、ルーヴル美術館アドバイザーを兼任。主なプロジェクトに、バルセロナ市グラシア地区歩行者計画、Bluetoothセンサーを用いたルーヴル美術館来館者調査、機械の眼から見た建築デザインの分類手法の提案など、ビックデータやAIを用いた建築・まちづくりの分野に従事。「地中海ブログ」で、ヨーロッパの社会や文化について発信している。