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海外の建築教育 第5回:パーソンズ・スクール・オブ・デザインと911とバックパッカー

杉田 宗/広島工業大学環境学部建築デザイン学科准教授

私が「建築教育」を受けるまでの道のりはとても長かった。回り回った最後にペンシルバニア大学での建築教育にたどり着いたといった方が良いかもしれない。その建築教育の話をメインに、そこまでの道のりも紹介したいと思う。こんなに寄り道の多い人生でも、建築を学ぶ機会に恵まれた奇跡の留学ストーリーとして読んで頂きたい。

私は高校生の時に交換留学生でアメリカに渡った。ニュージャージー州のホームステイ先はニューヨークから電車で2時間程のところで、昔から憧れていたニューヨークへの思いからパーソンズ・スクール・オブ・デザインに進学することになる。大学を決める動機としては不純なタイプだ。パーソンズはファッションデザインで有名な大学だが、グラフィックデザインから建築まで幅広い学科がある。1年生は共通の授業を通してドローイングやグラフィックデザイン、造形デザインやアニメーションなどデザインに関わる思考やスキルの土台をつくり、2年次以降の専攻での学びに繋げていく。課題が多く最初の1年目で2割くらいの学生は辞めていくと言われていたが、まだまだ英語の壁が大きかった私にとって、自分の作品がクリティクされ、他の学生も色々と良い部分を拾ってコメントしてくれることが楽しくてしかたなかった。

 「Expansive Experiences」、Parsons School of Deisgnのホームページより転載

入学時にはスニーカーのデザイナーになりたく、プロダクトデザインに進もうかと考えていたが、より空間への興味が強まり2年次からインテリアデザイン学科に進むことになる。建築学科とも迷ったが、ニューヨークでは新築の建物が少なく、多くの建築家のフィールドもインテリアで、材料や家具について深く学べる方が実務に活かせるのではないかと考えた。実家が設計事務所だったので、建築には進みたくないという反抗もあったように思う。まだ10代でその後のことなど何もわからなかった。インテリアデザイン学科でもスタジオでさまざまな課題に取り組んだが、教員と1対1で過ごす時間が多くなった。課題へのアドバイスというよりは、「一緒に考える時間」が多かった。教える立場になった現在、この感覚は大切にしたいと思っている。

3年次が始まったばかりの2001年9月11日、ワールド・トレード・センター・ビルに2機の旅客機が突っ込む。外に出てワールド・トレード・センター・ビルから上がる黒煙を眺め、それまでの日常が終わることを感じたのを覚えている。大学は1週間休講になり、そこから数ヶ月間は静まりかえったニューヨークだった。退学する学生も多くおり、このまま普通に学業に専念することが正しいのかもわからなくなった。日本から飛び出したけれど、アメリカしか知らないことに疑問を感じ、その勢いで休学届を出し、大きなバックパックを買った。休学の期間は1年間、バックパッカーとしてヨーロッパ中の建築を見て回った。まだまだ建築の知識は浅く、建築を巡る中で出会う建築学生たちにいろいろなことを教わり、次に見るべき建築を聞いた。建築への思いが強くなり、次第に建築を学ぶことへの憧れも生まれ始めた。

杉田宗/広島工業大学環境学部建築デザイン学科准教授
1979年広島県生まれ。2004年パーソンズ・スクール・デザイン卒業。Rogers Marvel Architects(2005~2006, New York)、MAD(2006~2007, 北京)に勤務した後、2010年ペンシルバニア大学大学院建築学科修士課程を修了。2010年より杉田三郎建築設計事務所。東京大学Global30国際都市建築デザインコースアシスタント(2012~2014)を経て、2015年より広島工業大学環境学部建築デザイン学科准教授。専門は建築分野におけるコンピュテーショナルデザインやデジタルファブリケーション。『HIROSHIMA DESGN LAB』や『ヒロシマBIMゼミ』など、広島を拠点に教育・研究・実務を横断的に繋げる活動を展開している。主なプロジェクトは、gathering(2010)、かも保育園ハッチェリー(2019)、山根木材福岡支店 (2020)など。