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新建築ライブラリー 第3回:『建築昭和史』その3

当社の96年におよぶアーカイブから、絶版本を中心に紹介する「新建築ライブラリー」。『建築昭和史』(1977年、著:佐々木宏)の第1章「大正14年から昭和5年までの状況」の2/4をご紹介します。

武田五一(1872〜1938年)をはじめとした関西建築界の協力により創刊された『新建築』は、住宅の研究という主題から次第に作家としての建築家やコンペの募集などへテーマを拡げていきます。創刊から1年がすぎた頃になると、海外経験豊富な武田門下にいた岡田孝男(1898〜1993年)の強い勧めにより、主にヨーロッパの建築家に手紙を送り、彼らの最新作や論文といった資料を取り寄せ、掲載をはじめました。誌面レイアウトも刷新され、写真や文章だけでなく、当時非常に貴重であった海外建築家が描いた図面も併載するという、いわば建築紹介の原型ともいえるフォーマットが生み出されたことにもふれています。

以下、本文より抜粋

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住宅以外の建築作品が取材対象となって行くのは前記の作家特集以後である。最初の安井武雄特集*はほとんどが住宅以外の作品であり、その同じ号にわずか2ページではあるが、朝日会館について〈其の外観と内容〉という記事が載っている。編集者たちの関心がようやく住宅以外の作品に対しても向けられた兆しが現われている。森田駿一の楽友会館、 ヴォーリズのレストラン矢尾政、伊藤正文の大阪市立中央職業紹介所、大林組設計部の京都先斗町歌舞練場、武田五ーの相続会館、木村得三郎の東京劇場、安井武雄の満鉄大阪鮮満案内所、京大営繕課の花山天文台、新名種夫の大阪市電気局新庁舎、渡辺節の日本勧業銀行本店などが次々と紹介され、大阪時代の最後の号は遠藤新の甲子園ホテル特集号であった。しかし、住宅に比べると、かならずしも積極的に取材したようには思われない。 この点は地方に発行所や編集所を設置した雑誌の大きな制約でもあった。編集発行人吉岡保五郎の当初の意図は素人のための建築啓蒙雑誌であったが、予想に反して読者層も限定され、発行部数も伸びなかったようである。ましてや建築の専門家の間ではあまり注目されなかった。当時、他の建築雑誌はほとんどが東京で発行され、国内に新築された作品の掲載とともに、海外の新しい建築を転載して読者の好評を得ていた。「新建築」は初期においては、あまり注目すべきものを転載していなかった。

このような誌面を刷新したのは武田門下の岡田孝男である。彼は武田の指示によって新建築の編集に助力していたが、外国の建築事情も活発に紹介すべきであると、外国の建築家たちに手紙を送って資料の送付を依頼した。また外国の雑誌との交換もさかんにした。岡田はまず〈メンデルゾーンの観たるライト〉を訳註して載せ、続いて〈エリノヒ・メンデルゾーン氏の作品と其建築観に就いて〉 を書いている。このようにして欧米の新しい建築の動向への関心は、次第に誌面に反映して、〈芸術の終焉(テオ・ヴァン・ドエスブルグ)〉、〈面に対する点と線(カンディンスキー)〉などの論文も載るようになった。岡田の要請に応じた建築家たちはそれぞれ膨大な資料を送ってきた。資料に対する費用を請求してきたのはメンデルゾーンだけだったらしい。これらの資料によって外国の建築家特集が企画された。ワルター・グロピウスとバウハウス、アウト、ペーター・ベーレンス、ソヴエト建築、メンデルゾーン、ハンス・ペルツィッヒ、エミール・ファーレンカンプなどの作品集がこうして生まれた。

また〈国際聯盟本部建築懸宜競技図案〉や〈シュツノトガルトに於ける1927年度の工業組合展覧会出品作品〉なども掲載した。前者の中でアメリカからの応募者がいなかったのは加盟国以外は応募資格がなかったからだと註記しているのは注目される。また後者は、ウァイセンホフ・ジードルングの記録である。

これらは今日の時点でも、記録や資料として貴重なものである。とくに「新建築」に載せられた図面の多くは送られてきた原資料を基にして製版されたものである。アインシュタイン塔のように最近では珍しい詳しい図面が掲載されているのは、このような理由によるものらしい。このように外国の建築家の作品による特集というのは現在でも時には行なわれるが、この形式の原型はすでに「新建築」が初期において企画採用している点は注目される。岡田は「新建築」の大阪時代における最大の功労者であるが、これらの海外の建築事情の紹介者として、日本の建築界にとってもその功績は少なくないと考えられる。

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*本文注釈:
『新建築』1926年11月号

著者略歴(*本データは書籍の刊行当時に掲載された情報です)
佐々木宏
昭和6年北海道に生まれる。昭和30年北海道大学工学部建築学科卒業。昭和32年東大大学院修士、昭和37年同博士課程終了。現在、佐々木宏建築研究室主宰、および法政大学工学部講師。