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新建築ライブラリー 第9回:『建築昭和史』その9

当社の96年におよぶアーカイブから、絶版本を中心に紹介する「新建築ライブラリー」。
『建築昭和史』(1977年、著:佐々木宏)の第2章「昭和6年から昭和12年までの状況」をご紹介します。

以下、本文より抜粋

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この時期の「新建築」を見ると日本でコンペがかなり行なわれていたことがしられる。「新建築」主催の住宅コンペも続けられていたが、その他に日本や外国の公開コンペや指名コンぺがかなりよく記録されている。軍人会館、ハリコフ国立劇場、東京帝室博物館、 ソヴエト・パレス、 東京放送会館、 日本タイプライター会社、東京市庁舎、静岡県庁舎、教育塔、新京公会堂、大連公会堂、神戸市公会堂、ひのもと会館、森永キャンプストアなどがその主なものである。公開コンペは若い世代の挑戦が行なわれたことはいうまでもないが、しかし、入選案はかならずしも新しいデザインといえるものばかりではなかった。これは審査員のメンバーの問題でもあった。

東京市庁舎のコンペ入選案について、当時来日中のブルーノ・タウトの批評が蔵田周忠の訳で載せられた。周知のようにタウトは日本インターナショナル建築会の招きで来日し、最初は関西にいたので、日本の建築雑誌ではかならずしも大きく取り上げてはいない。彼の日記を読むと「国際建築」の小山正和とは接触があったが、吉岡とはほとんど接触がなかったようである。ただ「新建築」の編集協力者の中に蔵田がいたのが幸いして、タウト情報もいくらか誌面に現われたのである。

外国の建築家といえばレーモンドの作品がかなり発表されている。東京へ移って大判になった第1号にソヴエト大使館が載ってから、レーモンドが日本を去るまでの主要な作品はほとんど「新建築」誌上で追跡することができる。レーモンドがこの時代の日本の新しいデサインの指導的役割を果たしたといわれるが、それは何人かの建築家を所員として育成したことよりも、次々と作品を発表し続けたことによる方が大きく、しかも、ライトの影響を脱してからのレーモンドの作品の変貌が「新建築」の上で行なわれたのである。
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著者略歴(*本データは書籍の刊行当時に掲載された情報です)
佐々木宏
昭和6年北海道に生まれる。昭和30年北海道大学工学部建築学科卒業。昭和32年東大大学院修士、昭和37年同博士課程終了。現在、佐々木宏建築研究室主宰、および法政大学工学部講師。