新建築 2020年11月号発売となりました !

新建築ライブラリー 第10回:『建築昭和史』その10

当社の96年におよぶアーカイブから、絶版本を中心に紹介する「新建築ライブラリー」。
『建築昭和史』(1977年、著:佐々木宏)の第2章「昭和6年から昭和12年までの状況」をご紹介します。

今回のテーマは、1936年12月号の「帝国議会議事堂特集」。この特集は、当時大蔵省に務め、『新建築』の編集協力者の中心的存在であった安田清の綿密な取材を元に編集されました。1号丸ごと、全ページを費やして特集した誌面はどんなものであったか、詳しく解説されています。

以下、本文より抜粋

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安田の職場は大蔵省営繕管財局であり、彼は新しい議院建築の設計スタッフの一員であった。彼は大きな国家的な仕事に参加していたが、一方、彼の職場は建築界の情報の集中する場でもあった。とくに民間よりも官庁関係の情報が得られやすかった。東京へ移ってから「新建築」がかなり官庁建築の紹介をしているのは、安田の示唆によるものであったろう。また一方で、本格的建築は民間よりも官庁の方に多く、したがって取材対象もそちらの方にウエイトがかかるのは、当時の事情としては当然のことであったといえよう。

官庁建築といってもそのデザインはさまざまであり、先に触れたように、逓信省、東京市役所、大阪市役所などは早くからインターナショナル・スタイルの路線を進めていたが、ほかはかならずしもそうではなかった。東京の中央で進められていた議院建築のデザインを反映してか、県庁舎とか市庁舎では、様式主義的デザインがまだ隆盛であったし、また一方で国粋主義思想の抬頭に裏付けされた復古調のデサインも現われはじめていたのである。この期の「新建築」には、このような3つの大きな潮流がはっきりと反映されているのを読みとることができる。その中で、若い世代の反発を浴びながらも、「新建築」は多様な状況を誌面に反映させて行った。しかも、その頂点は議院建築、つまり国会議事堂であった。

おそらく安田の執筆によるものであろうと想像されるが、東京へ移ってから4号目の1931年2月号に〈新議院建築概設〉という文が発表され、1917 年(大正8年)のコンペ以来の経緯が述べられ、実施設計が大蔵省営繕管財局においてどのように進行中であるかが報告されている。その後、中間報告も時どきなされているが、完成に近づくにつれて各部の詳細図が発表され、でき上った部分は写真で報告された。

安田がこの新議院の報告に注いだ情熱は実にすばらしいもので、おそらく、ひとつの建築についてのこのような採り上げ方は、建築ジャーナリズムにおいて、それまでもなかったし、また今日に至るまで、それ以後もなかった。彼は設計スタッフのひとりであり、上司の許可を得て、自分が協力している雑誌に毎号のように細部を発表し続けたのである。このような編集は他誌にはまったく見られないことであった。

1936年12月号は全ページを費して、完成した新議市堂の特集をした。内容はかなり詳細にわたるもので、撮影に際しては安田の関係によってかなり便宜をはかってもらったらしく、一般には立入り不可能な場所まで紹介されている。この特集は、みごとなドキュメントであった。この号によって私たちは、明治以降の日本人が目差してきた外国に負けない本格的建築がどのようなものであったかというひとつの大きな目標をしり得るのである。
「新建築」はこの特集によって、ようやく建築ジャーナリズムの主流の位置を獲得し、その社会的評価も一段と高いものになり、外部からも広く認められるようになった。創刊者の吉岡保五郎は念願の目標を達成し、武田五ーの深虚遠謀もここに結実したのであった。
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著者略歴(*本データは書籍の刊行当時に掲載された情報です)
佐々木宏
昭和6年北海道に生まれる。昭和30年北海道大学工学部建築学科卒業。昭和32年東大大学院修士、昭和37年同博士課程終了。現在、佐々木宏建築研究室主宰、および法政大学工学部講師。