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新建築ライブラリー 第7回:『建築昭和史』その7

当社の96年におよぶアーカイブから、絶版本を中心に紹介する「新建築ライブラリー」。
『建築昭和史』(1977年、著:佐々木宏)の第2章「昭和6年から昭和12年までの状況」の3/4をご紹介します。

黎明期の『新建築』の誌面を刷新した岡田孝男の尽力により実現し、読者から好評を得ていた海外の建築情報の紹介は、1930年代にさらに発展していきます。主にヨーロッパの建築家や雑誌との文通によって資料を取り寄せ、各地の情報を継続して紹介しました。佐々木氏は、海外の建築まで包括的に取材対象とすることで、新しいデザインの建築を追求しようとした当時の編集方針が見受けられると述べています。

以下、本文より抜粋

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これらのことによって、安田清を中心とする編集協力者たちは、インターナショナル・スタイルの支持者が多かったことが推測される。小住宅が多かったとはいえ、かなり新しいデザインのものとしてインターナショナル・スタイルの作品が誌面に登場してくるのである。それらは大部分、若手の新進建築家によるもので、当時の「新建築」は一種の登竜門のような役割を果たすようにもなってきた。

インターナショナル・スタイルの追求は逓信省と束哀市役所といった官庁においても行なわれ、それらの作品が比較的丹念に取材されているのも貴重な記録である。日本の作品だけで見るならば、すべてがインターナショナル・スタイルにはなっていなかったが、この種のデザインが優勢であったような誌面の印象は、外国作品が多かったからである。 岡田が大阪時代に試みて評判となった外国作品の紹介もまた「新建築」の重要な役割であった。諸外国の多くの雑誌と文通によって掲載許可を取りつけて、かなり広範囲にわたって各地の建築事情を誌上で紹介し続けた。取捨選択にあたっては、インターナショナル・スタイルのものが中心となったのはいうまでもない。しかし、ヨーロッパにおいて1930年代はまさにインターナショナルに新しいデザインが拡がっていた。ソヴエトはいうまでもなく、ポーランド、チェコスロヴァキア、ハンガリーなどの東欧圏の建築事情まで紹介されたのは注目に値する。

日本だけではなく外国の作品まで含めて新しいデサインの建築を追求しようとしたのが当時の「新建築」の編集方針だったように見受けられる。しかも一方で海外の建築事情の紹介というのは、若手の世代の要請でもあり、編集の意図は読者対象を学生も含めた若い世代に焦点を合わせていたようである。その現われとして、配色図という名で着色透視図が掲載され、また詳細図が巻末に付録のように載せられた。これは、戦後の一時期にも引き継がれ、学生時代の設計製図の参照資料として役立った経験をもつのは私ばかりではなかろう。
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著者略歴(*本データは書籍の刊行当時に掲載された情報です)
佐々木宏
昭和6年北海道に生まれる。昭和30年北海道大学工学部建築学科卒業。昭和32年東大大学院修士、昭和37年同博士課程終了。現在、佐々木宏建築研究室主宰、および法政大学工学部講師。