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コロナ時世下の都市空間 最終回:近隣単位のニュー・ノーマル

関谷進吾/プレイス・ソリューションズ・グループ代表

近隣(ネイバーフッド)を中心とした暮らし

東京都の人口はコロナ禍にあった5月1日でも推計1,400万人に達したと報告されており、一極集中の状態は加速していることが明らかになりました。日本だけでなく世界人口も2/3は2050年までに都心部に住むといわれており、都市のリスクは高まるばかりです。
しかし感染防止を目的として広まったリモートワークや時差出勤は、これまでわれわれが求めつつも実現できなかったゆとりある都市生活をおくるよい機会になったと考えることもできます。たとえば家にいる時間が増えたことで、近隣住区への関心が高まり、新たな地域資源の発見に繋がったかたも少なくないはずです。また、コミュニティーの中心が職場から近隣住区へ切り替わることで、社会のあり方も変わるはずです。さらに、職場や分野を超えたローカルのビジネスコミュニティーを構築する機会も重要になります。この変化は、コロナ後の「ニュー・ノーマル」*として定着する可能性も秘めています。

NACTO(全米都市交通担当官協議会)が示した街路ごとのパンデミック対応・復旧政策の分類によると、行列や車、自転車、マイクロ・モビリティーとのあり方を正す指針が街路種別ごとに整理されています。特に近隣単位の街路について、移動手段のバランスを見直す必要性が明らかになっています。

*ニュー・ノーマル:もとは、2008年のリーマンショックを経て変化した新たな金融の常識を指す言葉として生まれた。現在はより広義に、社会に大きなインパクトをもたらした後の新しい常識を意味する。

「ニュー・ノーマル」に対応した東京のかたち

東京都23区の区部面積にたいする公共空間は、道路率23%、公園率7%と全体の3割を占めています。この3割の公有地に加えて民有地の双方を柔軟に活用して、快適で安全な距離を保った暮らしを実現する必要があります。たとえば、社寺の境内はこれまでもお祭りなど地域コミュニティーに使われてきましたが、今後は幅広い利用にも開いていけるかもしれません。また、通勤や通学時間のピークが分散したことに合わせて、駅前商店街の歩行者天国の時間帯を延長すれば、コロナ禍によって大きな被害を受けた飲食店や小売店にとっての新たなチャンスに繋がるかもしれません。

都市の若返り

コロナの影響を最も受けた都市に、マドリード、パリ、ロンドン、ニューヨークなどがあげられますが、こうした事態についてイギリスのシンクタンクCentre for London創立者のベン・ロジャーズ氏は、経済誌『Financial Times』のコラムで「Cities are not dead — they will get younger(都市は死んでいない。むしろ若返りつつある。)」と指摘しています。その理由として、感染症による健康被害が大きく、たとえば仕事をリタイアして必ずしも都心部で住み続ける必要のないかたがリスクを考えて郊外や地方へ移り住み、都市中心部に空白が生まれることをあげています。そこに若者が転入するという循環が発生し、結果として都市はさらに活気づくというのです。ロジャーズ氏は、次のような変化を指摘しました。

・ これまで都市から締めだされていた人びとに機会が生まれる
・ 自宅や近所で過ごす時間が増えるため、官民によって地域資源の活用が推奨され
  ローカル市場が拡大。同時にオンライン化が進展しグローバル市場が加速するという、
  二極化が生じる
・ 無理な通勤を避けるために移動手段や利用時間が多様化することによって、効率化が図
  られる
・ 自治体は自動車所有率の低減を推し進め、自転車を含むマイクロ・モビリティーの活用
  に注力する

ロンドンのアーティスト団体「Corsica Studios」がポップアップとして形成した、音楽と飲食のコミュニティー「The Paperworks」

寛容な社会空間

アフリカ系アメリカ人にたいする差別問題をあらためて顕在化させた「Black Lives Matter」は、世界各地におよぶ連鎖的な抗議活動に発展しました。これも日々の暮らしや自分が所属するコミュニティーに目が向けられるようになったことで、抗議活動が活発になったともいえるでしょう。そこでNACTOは、対人距離を保つための対応策の一つに、「抗議のための街路」を加えました。たとえコロナ禍であっても公共空間において、民主主義の基本的権利である表現の機会は失われてはなりません。こうした社会にある今こそ、多様性を寛容する場を確保することは、公共空間が果たし得る最も重要な役割の一つなのです。対人距離をはかりながらも、多様で豊かな近隣環境を構築していきましょう。

関谷進吾/プレイス・ソリューションズ・グループ代表

1983年、英国ウェールズ生まれ。慶大環境情報学科卒、同大学大学院修了。フルブライト奨学制度で、ニューヨーク市のプラット・インスティテュート大学院にてプレイスメイキング学修士。ニューヨーク市では、BID組織ユニオンスクエアパートナーシップのデザインスペシャリストとして働き、後に、WXY建築・都市デザイン事務所において、プランナーとして、ダウンタウンブルックリンの公共領域の再編プロジェクトなどに従事。帰国後、プレイス・ソリューションズ・グループ合同会社を設立。