行かない選択肢の充実
グラフィックデザイナーとして、VI(ビジュアル・アイデンティティ)計画に始まり、サイン計画やウェブサイトのデザイン、カタログのデザインを担当しました。fig.1
なかでもウェブサイトは、私自身にとって挑戦も多く面白い取り組みとなりました。今回のウェブサイトは、高見澤邸が建てられた時から、家の増改築、家の解体、構法や建築史や産業史の視点によるリサーチ、部材の3Dスキャン、部材のID管理、部材の輸送、ヴェネチアでの再構築まで、その過程で現れるさまざまな情報をひとつの面に「等価」に並べることによって、プロジェクトを体感してもらう構成としています。
このウェブサイトをつくるに至ったのには、コロナ禍を踏まえ、展示をどう更新するか議論がなされた際に、「行かない選択肢」の可能性を私からみなさんに投げかけた経緯がありました。観客が現地に訪れるのかどうかも未知であることや、コロナ禍で日々の移動による環境負荷が視覚化されたこともあり、観客に対して行かない選択肢を充実させることは必須と考えたためです。そして建築家自身も現地に行かないことを決め、リモートで建てるためのつくり方自体を設計することとなりました(指示書や現地とのやりとりの様子もウェブサイトに載せています)。
日々の仕事の中では、その仕事をやる/やらない、そのマテリアルを使う/使わない、という判断を、投票行為のような意識で行うことで環境問題と向き合っています。投票できないと思えば、仕事をしない/つくらない/使わない、という選択をとりますし、つくるとなれば環境への負荷を減らすという姿勢です。新しくモノやコトをつくる状況に慣れすぎて、果たしてそれは本当に必要なのかという議論がなされず、新しく始めることだけに価値が偏ることで生まれる消費と廃棄の問題に危機感をもっていましたから、本プロジェクトのカタログに収録された対話「行為のコミュニズム」の中で、國分功一郎さんが「『始めないこと』がこれからの創作における大事な倫理観だ」とおっしゃっていたことにはとても共感していました。なので「行かない選択肢」を充実させるためにデザインをすることは、私にとって前向きなことでした。
情報にヒエラルキーをもたせない
本来ウェブサイトは情報にヒエラルキーがあります。しかしこのプロジェクトの面白さは、どこを切り取っても把握しきれないほどの膨大な情報量と鮮明な解像度をもち、そしてそれぞれの情報が優劣なく等しく存在しているところです。『パワーズ オブ テン─宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅』は、スケールを変えることで見えてくる自然世界の持続性と関係を表現した映画および図鑑ですが、このプロジェクトを通じてまさに同様の感覚を体感していました。例えば1954年に高見沢邸が建てられた際に使われていた土壁には、稲作という農業や、田畑の広がるかつての世田谷の風景とその変遷、そこに住んでいた幼き家主、農業における再利用の知恵、ボード下地に切り替わる工業化の流れや構法の変遷など多くの背景が存在します。その同列に、3Dスキャニングされたデータやヴェネチアの日本館に並べられた土壁の切り出しサンプルも加えられ、それらが一面にずらっと見える、そんな感覚がこのプロジェクトの視覚化として正しいように思いました。その具現化のためにオンラインホワイトボードを活用して、すべての情報をひとつの面に載せ、自分で情報を取りにいくような行為を促せるようにしています。画面をズームイン/ズームアウトすることで前後左右の情報同士の関係性を感じさせつつ、どこを切り取っても一定の解像度を持つことは、1軒の家屋が(またはヴェネチアで再構築されたものが)数々のエレメントと無数の人々の行為の連鎖の集合体であることも表しています。
サムネイル撮影:Alberto Strada